東京地方裁判所 昭和25年(ヨ)2429号 決定
申請人 大橋周治 外一名
被申請人 日本製鉄株式会社
一、主 文
申請人等の申請を却下する。
二、理 由
(一) 申請の趣旨
申請人等は被申請人が昭和二十五年七月八日申請人等に対して為した解雇の意思表示の効力を停止するとの裁判を求めた。
(二) 争のない事実
被申請人会社は鉄鋼の製造及販売に関する事業を営む株式会社であるが、企業再建整備法に基き第二会社が設立された結果、昭和二十五年四月一日解散され、目下清算中の会社であり、申請人等はいずれもその社員であつた。申請人両名は昭和二十五年六月四日マックアーサー元帥に対する質問書事件に関し、検挙せられ、同月二十日占領軍軍事裁判に付され、同月二十三日右軍事裁判に於て、一九四五年九月二日付連合国総司令官指令第一号違反の罪により重労働二年の判決を受けた。
被申請人会社の社員就業規則第四十一条第九号には「不正な行為をして社員の体面を汚した者」は譴責、減給出勤停止とする旨の規定があり、同第四十二条第十五号には「前条各号に該当し、その情が特に重い者」は懲戒解雇とする旨の規定がある。
そこで被申請人会社は申請人等が右のように占領軍の指令違反として処罰せられたことは、被申請人会社の社員就業規則の右の条項に該当するとして、昭和二十五年七月八日申請人両名に対し、懲戒解雇の意思表示をなした。
なお被申請人会社八幡製鉄所従業員であるa外二名は、昭和二十三年十月二十三日占領軍軍事裁判によつて重労働一年半乃至三年の有罪判決を受けたが、被申請人会社は右三名を懲戒解雇処分に付することなく、依願退職の手続をとり、同人等を刑の執行終了後再採用したことがある。
(三) 争点
申請人等代理人は、申請人等が本件の処罰をうけたのは、その政治的信念に基く行動が、たまたま占領軍当局の忌諱に触れたもので、何等不道徳乃至破廉恥な所為ではないから、これを「不正な行為をして社員の体面を汚す者」で且「その情が特に重い者」とみなすことは不当である。殊に前記a外二名の場合と比較して見ても、被申請人会社が熱心な組合活動者である申請人等を特に差別して、本件のような不当な懲戒解雇をなしたことが明かであるから本件懲戒解雇の意思表示は無効であると主張する。
被申請人代理人は、これに対し被申請人会社の社員就業規則に所謂「不正な行為」とは、破廉恥罪に限らず一切の犯罪行為を含み、ポッダム宣言を受諾し現に連合国の占領下にある我国に於ては、占領軍の指令に違反する行為をも含むことは当然であり、しかも申請人等は法を犯して重労働二年の実刑に処せられたのであるから「社員の体面を汚し」「その情が殊に重い者」であることは明かである。a外二名の事件は全く同人等の過失に基くものでその情状憫諒すべきものがあり、更にいずれも改悛の情顕著で直ちに自発的に退職願を提出したものであつて、本件申請人等の場合と全く事情を異にするから、これを差別的取扱とするのは当らない。よつて本件懲戒解雇は有効であると主張する。
(四) 当裁判所の判例
思うにポッダム宣言の受諾によつて占領軍の命令の遵守を誓約した現在の我国に於て、占領軍の指令に違反することは許されず、これに違反する行為は違法な行為として国内法上も犯罪を構成するものとせられていることは今更云うまでもない所である(一九四五年九月二日連合国総司令官指令第一号第十二項、昭和二十五年勅令第三百二十五号)。そして占領軍の軍事裁判に付せられ、占領軍の指令違反の行為として有罪判決を受けたときは、その行為は犯罪の性質如何に拘らず、国内法上も違法な行為として取扱う外なく、かつ社会的にも信用を傷つける恐のある行為といわねばならない。従つてこれを本件就業規則第四十一条第九号の「不正な行為をして社員の体面を汚す者」と謂うを妨げない。申請人等はたとえ軍事裁判によつて有罪とせられた行為であつても、本件申請人等の行為のように、政治的信念に基く行動で所謂破廉恥犯に属しないものは、本件就業規則の「不正な行為をして社員の体面を汚す者」と云う条項に該当しないと主張する。本人の確信する主観的な立場からすれば、そうも考えられないではないが、これを客観的に見て現在の法秩序を害する点からすれば、他の犯罪と区別することができないから、申請人等の右主張は採用することができない。
そして、申請人等が右判決によつて重労働二年の刑に処せられたことは、就業規則第四十二条第十五号の「前条各号に該当しその情が特に重い者」にあたると謂わざるを得ないから、被申請人が右条項を適用してなした本件懲戒解雇の意思表示は有効である。
なお申請人等の主張するa外二名の事件に付ては、すでに懲戒解雇の条項に該当し懲戒権発生したとしても、これを行使すると否とは被申請人の自由であるばかりでなく、右事件の実状は被申請人主張のとおりであつて、申請人等の場合と相当事情を異にしていることが疏明されているから、これ等の者が懲戒解雇の処分を受けなかつたからといつて、逆に本件の行為が懲戒解雇に該当しないということはできない。
また申請人等は組合活動をしたために差別待遇をうけたというがこの点につき何らの疏明がされていないから採用できない。
以上のように申請人等の本件申請は理由がないから却下することとし主文のとおり決定する。
(裁判官 千種達夫中島一郎 田辺公二)